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湖山医療福祉グループ代表湖山泰成氏インタビュー

50歳になったショックを一年かけて克服しました。

「私の年齢は50+1です。」

湖山医療福祉グループの代表、湖山泰成氏は自らの年齢をこう話す。50歳になったことがよっぽどショックだったらしい。50歳になった自分を受け入れられなかった。確かに、湖山氏の活躍を見ていくと「昔の50代」のイメージは無い。若々しく行動力に溢れ、あらゆる知見に溢れている。その姿はまさに新しい時代の50代の理想の形なのだと思うが、本人は至って不満げだ。 「50歳になったショックを一年かけて克服しました。」 そういう意味も込めて、自らの年齢は50+1。誤解を恐れずに言えば、そんなお茶目な言葉の使い方が湖山氏の魅力でもある。

しかし、一度湖山氏の本業である介護事業の話になると、静かにして知性的な雰囲気とは逆に情熱がこちらまで飛んでくる。 「これからの老人福祉施設は差別化の時代を迎えますよ。逆にその流れについていけないと潰れるでしょう。」 差別化と一口に言っても色々な差別化戦略がある。しかし、湖山氏のビジョンは一貫している。それは自らが受けたいと思う医療と福祉の創造だ。元々、自分の父親が入れるような施設を作ろうと考えてやってきた。そのため、自然と顧客志向の視点を貫いていた。そのためのキーワードとしてよく登場したのが、ボランティアの受け入れだ。

例えば最上級のホテルにいても、きっと人はそれだけで満足する訳じゃないと思うんです。


湖山氏はプロフェッショナルなサービスを提供するだけでは駄目だ、と戒める。
「気軽に話せるような人間が傍にいないと楽しくサービスは受けられないはずなんですよ。」
これはサービスの向上策を尽くした上での悩みだと思うがサービスの向上に尽力をしつつも、サービス提供者と受ける人の間には一定の距離感がある、と湖山氏は指摘する。しかし、元々ボランティアで来ている人との間にはその距離が近いという。自然に話すことが出来る、気軽に話すことが出来る。暖かい交流が生まれやすい。自然とそういった助け合いの輪が生まれる方法の開発に湖山氏は力を惜しまない。例えば、女子大学の横に老人福祉施設を設置したり、高校生に老人福祉施設内に駄菓子を売りに来てもらった。駄菓子を売る活動は元々、高校生がしており、それを施設内に招き入れたことでお年寄りの間で人気を博している。
老人福祉施設のソフトとハードを二つとも良質なモノにしていくことに湖山氏の視線は向いている。ただ、ハード面の施設が良いだけではなく、ソフトの中身がよくなくてはいけないと思っている。実際湖山医療福祉グループの出版物を見ると、スタッフ紹介や老人福祉施設内の利用者の笑顔の写真集など、「人」に注目したものが多い。又、社会貢献性の高い活動にはあらゆる場所で協賛をつけている。ヘルスケアの世界にアートを持ち込むことを目的にしたNPOも運営している。そう、湖山氏は只の施設運営者ではない。社会貢献を基本とするソーシャルアントレプレナーだ。しかし、その施設は全国で91施設になった。そこまで巨大になると普通はマニュアルによって施設をフランチャイズ化しようとする。しかし、湖山氏はそれはよくないという。

「施設の企画・運営に至るまで現場のスタッフの自主性に任せるべきですね。彼らが好きな色・好きな環境を自ら作り上げてこそ、それぞれの力が生かせるし、いい施設が出来る。」

ところで、湖山氏にとって、50歳はどんな一年だったのだろう、と気になったので聞いてみた。そうすると、そこには湖山氏の全速力で駆け抜けた足跡が残っていた。日本橋に交流サロン「キーストーン」を設置し、六本木ヒルズで4回にわたる講演、地震が起きた際に福祉施設同士が連携する「サンダーバード」フォーラムの実践・・・。

50歳になった瞬間のショック。もし読者の方に、ショックだと思っている方がいれば、湖山氏の活躍を見れば少し晴れるのでは?ショックを受けた後も、決してその歩幅は緩めてはいないのだから−。